- 参加者自己紹介
- ライトニングトーク
- ブログの運用等(コグレさん)
- パネルトーク (コグレさん、増永さん、AMN中山さん)
日本はブロードバンド大国にも関わらず、ICTの利活用が遅れている国。ICTの利活用をどう進めていくのかは今後の課題となる。
それは単なる効率化というだけの問題ではない。
家族や親類といった血縁や地縁のつながりだけでなく、地域の新しい縁や絆を生み出すことができるからだ。
では、例えばどのような構想が考えられるのか?
遠隔医療、病院に行かなくても診察を受け、処方箋も受け取れるサポート。これをさらに発展させれば、同じ病気で悩みをかかえている人たち同士がネットワーク上でコミュニティを築き、ICT上でお互いの悩みを共有でき、その知恵や励まし合うことができる。人は共通の課題をもつ人と同士何故か妙に共感してしまうことが誰でも実感としてもっているはずだ。また同じ悩みをもつ人が別の人にとって自らの経験からその解決策を提示することだってできる。もちろん全て人に依りかかるということではないが、家族以外の自立的な第3のつながりとしてICTは築くことができる。
次の生活文化としてICTをとらまえることも必要ではないか?
「ブラジルNPOの貧困削減への挑戦小さな村で始まったベーシックインカム」という同志社大学の新町キャンパスで開催された講演会に参加しました。
ブラジルのNPO、ヘ・シビタス市民活性化研究所の事例紹介と、大学生の実験報告及び全体討論会です。
ベーシックインカムについてご存知ですか?
直訳すれば「基礎的な所得」のこと。国がすべての人に無条件で一定の額を支給する制度のことです。失業手当の給付とか住宅手当の給付でイメージしやすいと思います。この制度には、ある一定の条件があります。ベーシックインカムは、国が税金等で集めたお金の一部を、"すべての人"に"一律"で"再分配"する仕組みです。
その仕組みを草の根で行っているのが、NPOのヘ・シビタスです。
ブラジルでは、2004年に「市民ベーシック・インカム法」が成立しています。しかし税制改革の問題から、完全実施には見通しはたっておらず、市でも支給には至ってはいないが条例制定はされているという状態だそうです。NPOでは、寄附によって資金を集め、農村コミュニティで給付を行っています。
非常に興味深いのは、NPOはただお金を配っているのではないということ。車でコミュニティを巡回し、本やおもちゃを積んで子ども達に無料で貸し出しているということ。ブラジルのパウロ・フレイレの思想が受け継がれているんですね。設立者の一人、ペレイラ氏は環境問題のNPOで働いていて、貧困問題の解決なしには、環境問題の根本的な解決にならないということでベーシックインカムの取り組みを始めたそうです。しかし、農村に貨幣経済による都市の生活文化をもってきてもエネルギー、ゴミ問題といった新たな環境問題を引き起こしかねないということ。
農村というコミュニティで果たしてベーシックインカムという社会保障の理念がどこまで有効なのか考えてしまう一日でした。もちろんこれは、現状のグローバル社会のなかで生じる途上国での様々な課題と共通するのでしょう。
NPO法人和の学校主催の日本文化そもそもに参加してきました。
雨にも関わらずたくさんの受講生が堀川三条東入るの京町家連携キャンパスに集っています。
「祈りと文化」をテーマとした連続講座。文科省の「文化芸術都市京都の文化遺産の保存・活性化を支える人材育成プログラムの開発・実施」事業として京都工芸繊維大学とのコラボで実現した講座だそうです。
日本文化を考える上で、信仰や思想的は不可分な要素。心や身体を耕して豊かにするのが文化であるから、そこには明確な哲学や思考が必ずあります。ある意味それを日本人が日本の生活の中で具現化していくのが日本文化であるともいえます。その根本について学ぼうと参加しました。
今日は3回目「禅と日本文化」について、松雲寺住職であり花園大学教授でもある安永祖堂さんによる講義です。
まず、「罪」について「crime」と「sin」の違いから、西洋と東洋の世界観としての被造物感情と被産者感情について映画を話題にしながらとても親しみやすく話をされ、仏教を元にする禅宗においても、日本では神道の影響が非常に強く禅の歴史、「空」と「無」についてなど本当に興味深い内容でした。
仏教発祥の地インドから中国へ伝わってきたことを広めるには、その記録された仏典等をその国の言葉にどう翻訳するかが問題になります。中国においても、音から文字を当てたり(音写)意味から表したり(意訳)とあるそうで、表音文字と表意文字ということばの成り立ちは共通なんだなということを実感しました。
語義や語源からその先代の思いや歴史を学ぶことができる、そして「漢字」や「かな文字」からコミュニケーションは広がることを知ることができたことも大きな収穫でした。
その後、10分間の座禅体験のあとは、上賀茂の長久堂の京名菓「きぬた」とお茶をいただきながら講師の方と受講生とのほっこりと歓談の時間を過ごしました。
今日は、京都工芸繊維大学で開催されている「EC2010」(エンターテインメントコンピューティング2010)に行きました。
小雨がぱらぱらと降っていましたが、情報処理学会の会員としてEC研究会にも参加しているため非常に楽しみにやってきました。
コミュニケーションを考える上でも遊びというのはとても大事。技術を習得するのに機械的な反復は必要になりますが、それが単に苦痛になるようでは継続しません。特に主体的な学びにおいて試行錯誤することを楽しめるということは、挑戦することを恐れないようになるだけでなく、新しい発想や想像・創造力を育む上でとても大切なのです。媒介(メディア)を通して、課題→探究→実践というサイクルを回していきながら、自身とコミュニケーションしながら取り組んでいけるのです。でもこの辺がコミュニケーションが自己完結してしまうと批判の対象になるのでしょうね。
デモ展示会場では、学生によるインターフェイスデザインから情報処理技術を様々なアイディアで遊びの要素を取り入れて試作品をつくりあげていました。どれもこれもおもしろく刺激的なものばかりです。
特に興味深かったのは、「BENTO project」と「エスパードミノ」と「くま君の家庭大冒険」。
「BENTO project」
毎日4人が写真を撮影し、一つの箱にその写真が収まるというもの。365日撮影したものがを一つの本として制作もされており、まったく別々の場所や時間で撮っているにもかかわらず、4つの写真が1枚に配置されると不思議なつながりを感じてしまいます。
「エスパードミノ」
これは、直接な接触なしで、あらかじめ指定された順番にブロックが倒れていくというもの。離れていても無線で繋がっているのですが、ドミノという時空的なつながりをあえて断絶させているというのがとてもおもしろいです。
「くま君の大冒険」
あのレゴのマインドストームを活用して作成したリモコン式のロボット。教育機関でないとその教材を使用することはできないそうのですが、これは大人もハマりますね。
生活の中にコミュニケーションツールとしてPCやロボットが活用される日も少しずつ近づいているのでしょうね。もちろんまだまだ課題は多いですが。